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Fit建築設計事務所のブログ

オクシモロン第3弾。
ユーザーは現実解を必要としています。
一方で、建築メディア上には、多くの空想のようなプロジェクトや、難解な主義思想が横行跋扈しています。しかし、そういう私自身も、その紙面に興味を惹かれてしまう読者の一人です。
ではなぜ、ユーザーが必要としていない理想論に、私たちは興味を感じてしまうのでしょう?
それは、直感により下される「評価」と、思考の結果として導かれる「創作」という、両者の判断材料の相違によるのでしょうか?
例えば、いい建築を見た時の、ある種の感動のような感覚は、うまく言葉にできません。どんな解説や批評よりも、その直感的な印象が一番大切な評価になります。そんなふうに、完成した建物が理論や言葉を超えて雄弁に語ってくれる、それこそが建築のあるべき姿です。
 かといって、その建築を、ゼロからスケッチし、図面を描いて説明し、コストを調整し、現実の姿にするためには、直感だけでは到底できません。複雑な与条件と、長い時間と、多くの労力の上に成り立つ建築が、なにかを語る力を獲得するためには、その裏で必ず誰かの論理的思考と、それをかなえる強い意志が働いているはずです。
 私たち創作する側の職業の人は、そのヒントを得るために、そして、あくまでも、現実解を生み出してゆくために、一般ユーザーから見ると絵空事や言葉遊びと見えてしまうようなことに興味を抱くのかもしれません。
と、最近ふと感じました。
(※)オクシモロン:パラドックス(逆説)の一形態。ギリシア語のoxy(鋭い、賢い)とmoron(鈍い、愚かな)を合成して作られたことば。矛盾撞着語法と訳される。

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